杉浦日出夫先生を偲ぶメモリアルコンサート

 8月28日、昨年の5月にお亡くなりになられた杉浦日出夫先生の「先生を偲ぶメモリアルコンサート」に行ってきました。
全国から先生のお弟子さん、お世話になられた方々がいらっしゃいました。

 門下生を代表して名古屋音楽大学学長の清水皇樹君の挨拶から始まり、現在活躍されている門下生のピアニストさんが数人演奏されました。清水君は私の明和高校の同期です。

  左の女性は御木本メソッド(フィンガービル)の津村貴子先生(旧姓宮田)。私達が中高生の頃、杉浦先生宅で月に1度教えてみえました。今日は横浜からいらっしゃいました。中央は清水皇樹君。忙しい中、今日の開催準備、本当にお疲れ様でした。そして開いてくれてありがとう。

 コンサートはもちろん素晴らしかったです!選曲は先生を偲ぶのに相応しいものばかりで柔らかい優しい音に涙がこぼれました。それぞれの演奏家の日出夫先生へのメッセージが込められているようでした。

 ステージ中央のスクリーンには先生の朗らかなお顔が映しだされ、先生も会場で聴いてくださっているような気がしました。
進藤実優ちゃんが最後に弾いた「主よ人の望みの喜びよ」で、クリスチャンであった日出夫先生が天に帰っていかれたように感じました。

 子どもの頃一緒に習っていたお友達、以前お勤めしていたお教室の先生方とはおよそ30〜40年ぶりの再会でした。本当に懐かしく、皆さん今日は旧姓や呼び名で言い合い、ちょっとした同窓会のようでした。今日だけはいつも先生呼ばわりしている人も呼称をつけなくても良いよねって雰囲気で童心に帰りました。

   左から後輩の西尾君、30年ぶりに会った玉置ゆりちゃん、栗木先生(旧姓和田先輩)、みづほちゃん、2つ歳上の奈緒ちゃん、明和同期のマッコ。懐かしいお顔がいっぱいです。時間がなくて写真が撮れなかったお友達もたくさんいました…。

そして、ロビーには数十年前、私が子どもの頃の発表会のプログラムなどが並び、人集りとなっていました。プログラムを見て、私はこんな曲を発表会で弾いたのかしら…?とびっくりしました(^^;

 休憩後にご挨拶された深谷直仁先生。「今日は桜丘高校音楽科を代表してこの場に来ました。本来ならこの場には神野明先生がお立ちになるはずです」と最初に言われ、神野先生のことを思い出しました。神野先生はとても優秀な日出夫先生のお弟子さんでしたが、早くに逝かれてしまいました。私は神野先生には大学から6年間お世話になりました。
深谷先生は杉浦先生のいくつかのエピソードをお話しになりました。どれも「あった、あった」「うんうん」とうなずくものばかりでした。皆さんにも紹介したいので、下記に少し書いておきます(ちょっとニュアンスは異なるかもしれません)。

・日出夫先生がロシアに視察に行かれて帰国後の会話。「特に学ぶことはなかった。毎日10時間練習すること以外は…。」そこで、先生は生徒たちに毎日10時間練習しなさいと言うようになりました。

・レッスンはほぼ暗譜で。レッスン中に弾き直しをしていると「ここは練習する場ではありません!」と叱られました。
(私も「1度言われたらすぐに直しなさい。同じようなところが出て来たら言われなくても直して弾きなさい」と言われたことを憶えています。また、録音は許されず、「頭の中に全て入れていきなさい。後でなんて忘れてしまう」と言われました。ですから、レッスン中は楽譜にマメに書き込み、書ききれなかった分はお部屋を出てから外で書き込みました。)

・「レッスンは最初の3日で暗譜をし、あとの4日間で定着させる」
(海外では多いらしい。でも、私には無理……(-_-;)

・発表会は刈谷市民会館大ホールを3日間借り切って、3日間全て2台ピアノでのコンチェルトの発表会。モーツァルト、ベートーヴェンなど全曲。1人1曲ずつ約30分の演奏。第二ピアノ(伴奏)は全て日出夫先生。先生は全曲を練習する時間はないので、ほぼ初見で弾き続けてみえました‼︎ すごい先生でした。
(1ヶ月前に暗譜していないと「クビ」と言われて出してもらえませんでした^^;)

・先生の口癖。「1日ピアノを弾かないと自分に分かり、2日弾かないと先生に分かり、3日弾かないとど素人にも分かる」

などなど。今はコンプライアンスなど厳しいけれど、日出夫先生のお言葉にビシッとさせられるようで、私も少しは生徒に伝えていきたいなと思いました。