恩師の死

5月30日(金)、恩師である杉浦日出夫先生がお亡くなりになりました。享年92歳でした。

私は5月25日に入院先に会いに行きました。先生は食べれないようで、随分お痩せになり、鼻から酸素を入れてみえました。頭はしっかり働いてみえて、たくさん言いたいことはあるけれどもなかなか話しづらい…といったご様子でした。お友達の先生が「モネ展に行ってきたので、カタログを買ってきましたよ。先生、絵がお好きでしょ」と、カタログを開いて見せると、先生が絵を目で追っているのがわかりました。

日出夫先生は愛知のピアノ界の土台を作り上げたような人で、門下から優秀な音楽家がたくさん生まれました。すごく大きな存在で、お若い時はとても厳しかったですが、晩年はお優しくて神様のような人でした。facebookにはよく「素敵でしたね」とコメントをくださっていました。

ピティナの全国大会の表彰式とパーティーはいつも先生をテーブルにお呼びして賑やかに過ごしました。(パーティーはコロナ禍で無くなりました)

日出夫先生を中心に懐かしい生徒達の顔がたくさんあります。日出夫先生のいらしたパーティーや全国大会前の知立リリオホールでのリハーサルを記憶している生徒達は多いと思います。

先生はいつも、「ピアノが歌っているように弾きなさい」と言われました。音の質にこだわり、音を選んで響きのいい音で弾くように言われました。リズムの乱れにも厳しかったです。「“なんか違う”と思う時は大抵リズムが乱れているのできちんと整えること」とゆっくりと正しく音を聞く練習を延々させられました。妥協のない先生でした。私が学生の頃は、レッスンが延びて深夜24時過ぎまで…なんてことも多かったです。

音楽の背景についてもとても細かく教えてくださいました。先生はクリスチャンでいらしたので、キリスト教と音楽の関係について特にバッハを弾くときには細かくお話ししてくださいました。先生のレッスン室は図書室のように多くの楽譜と書物がありました。音楽に関するあらゆる書が揃っている気がしました。レコード盤も何百枚もお持ちで、私の小さい時はケンプのベートーヴェンソナタやサンソン・フランソワなどをよく聴かせて頂きました。音楽愛に溢れ、日出夫先生は歩く音楽事典のようでした。

日出夫先生が逝去され、一つの時代が終わった気がしました。

残された私達は日出夫先生の教えを後進に伝えていかなければならないと思いました。

先生、天国で安らかにお眠りください。今までお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。